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選評

『君のいない町が白く染まる時』 安倍雄太郎

クリスマスの夜、偶然出会ったケイと咲夜。吉祥寺駅の一角に立ち続ける二人は、互いに恋人に振られたことを知り、カフェでお互いの話を聞くことになる。
ケイはその年、新社会人となって一人暮らしを始めたばかり。ところが、新居にはアカネと呼ばれる女の幽霊が先に住んでいた。驚くケイに、アカネは霊とは思えないほど明るく振る舞い、ケイに一緒に生活しようと提案し、奇妙な同棲が始まる。ケイは会社の同期に恋をし彼女と付き合うことになるが、一か月近くもまともに会うことなく過ごしてしまい、ケイは彼女に別れを告げる。一方で、アカネとの性格や趣味の相性が抜群だったケイは、アカネに恋心に似た感情を抱きはじめる。
咲夜は、大学入学と当時に書道を習い始め、そこで出会った圭介という男に恋をし、少しずつ親しくなる。圭介はどこか影があり、咲夜に対して一定の距離を保ち続ける。ついに咲夜は告白するが、彼はその思いに応えられないという。圭介には数年前に事故死した恋人がいて、今も忘れられていなかった。恋人の名はアカネ。咲夜は、圭介が自分を全く見ていないことに気づく。アカネは、圭介が自分の墓で別れの挨拶に来るのを待ち続けていた。
そして、圭介に寄り添う咲夜とアカネの気持ちを理解したケイの思いが、奇跡を呼び起こす──。

アカネという女の幽霊と同居することになったケイと恋人の死を引きずる圭介という男に恋をした咲夜の物語。二組のエピソードが交互に語られる。ストーリーだけを取り出せば、アカネと圭介の二人が中心になる物語だが、視点はあくまでもそれを見つめているケイと咲夜にある。おそらく、できごとを単純に並べたならば、これほど読ませる作品には仕上がらなかっただろう。アカネと圭介の二人が直接語り合うことはなく、ケイ自身の恋、あるいは咲夜の圭介への思いなどを中心に描きながら、語られることのない部分を間接的に浮かび上がらせる。アカネと圭介にユーモラスな一面を見せることで、悲哀一色にならないように書かれている。 みずみずしく初々しいラブストーリーである。読んでいて切なさがこみあげたといった感想が、年配の男性からも寄せられた。小道具として書道と音楽がふんだんに使われ作者の趣味がうかがわれるが、音楽に頼りすぎているのではという意見も出た。ケイと圭介が同一人物のように思えたことが紛らわしい、という声もあった。とはいえ、二〇代ならではの作品を書き上げた若さに可能性を感じ、多くの支持を得たこの作品が受賞作に決まった。

『実のなる庭』 小島なみ

三十七歳独身の本郷春代は、実家でひとり平穏に暮らしていた。そこへ、東京にいた七つ違いの弟、修治が現れる。修治は仕事を辞め、プロの漫画家を目指し、雑誌に投稿しては落選する日々を送っていたのだが、ついに貯金が底をついて、実家に戻ってきたのだった。春代は、いやいやながら一緒に暮らしはじめる。マイペースで飄々と暮らす修治に、春代だけが振り回され大変な目に遭うのだった。ある日、職場の同僚に「ダブルお見合い」を持ちかけられ、修治に押し切られるように見合いの席に臨むことになる。相手の上原聡司はいいひとだったが、それぞれが抱える事情がわかり、話はそこで終わった。しかし、ひそかに画策していた修治と上原妹により、春代はコンサート会場で上原と再会したのだった。

全編に漂うどこか牧歌的な雰囲気が、本作の長所であろう。大事件は起こらないけれど、日々何かは起きているんだと共感するような日常が、いきいきと描かれている。文章力とユーモアのある語り口も評価が高かった。主人公が女友だち二人とお酒を飲むエピソードでは、立場の違うアラフォー女性それぞれの生活感が伝わってきて、掴みとして成功している。姉の目を通じて描かれる弟の姿も、最初は苛立ちを感じるが、それが温かな気持ちに変わっていくあたりも上手い。一方、この特色が逆の評価にもなっていた。平凡な印象だったとか、構成力があるのか、物語が書けるのだろうか、など。しっかりしたテーマの、ドラマ性のある話を読んでみたい。

『グラン・ゾーギュスタン街七番地』 小早川真彦

一九三七年早春、パリ・モンマルトルのアパルトマンでクリスティーヌ・フランシスが殺害された。身体には赤いペンキがかけられていた。その第一発見者が、パブロ・ピカソだった。ピカソは、パリの警察当局から事情聴取を受け、担当のジャコブ警部から疑惑の目を向けられることになるが、友人の写真家ブラッサイと、独自に事件を探りはじめる。今度は〈シャーロック・ホームズ〉と名乗る人物から警視庁や新聞社に挑戦状が送られてくる。さらに、第二、第三の事件が。真相を暴いたのは、ピカソの名推理だった。

ホームズを気取って連続殺人の謎に迫っていくピカソを、ワトソン役を振られた友人のブラッサイの視点で描いていく。ピカソとその妻や恋人、芸術家仲間たちとの関係性など史実を踏まえたミステリー。読ませる力がある、安定感があるという声がある一方、クラシックなミステリーという声もあがった。犯人の動機の弱さ、キャラクターの造詣や文章力について、疑問を呈する意見が出た。巧みな展開だが、サスペンス感が乏しく、強い支持を得られなかった。「ピカソ」や「ゲルニカ」といった同じ設定の作品が新作で刊行されており、新鮮さが薄れてしまった。

『あの時のカモメ』 西村昇

大学四回生の「僕」こと立花(通称カン)は、田舎町の中学校で教育実習を受けることになった。徐々に環境に慣れ、生徒たちとも良好な関係性を築きつつあったが、生徒の一人ユミから、クラスメート三名に対するいじめの存在を告げられる。立花は、ユミの兄が七年前に自殺したことを知り、彼女の笑顔を見たいと強く願う。自身の中学時代を振り返った立花は、いじめに関する後悔を残したままでいる六名と再会しようとする。卒業以来疎遠になっていた六人のクラスメートを探す中、様々な状況に直面し、幾つもの感情を心に刻む。そして教育実習最終日、最後の授業で自分の思いを正直に伝えようとするのだった。

中学校のいじめ問題に挑んだ骨太のストーリーである。陰湿な描写はなく、熱血教師ドラマめいた手法でいじめを扱っており、インパクトや斬新さは欠けるものの、安心感や実直さを与えてくれた。自分探しの成長譚であり、テンポよく読みやすい。最後の授業での演説は、フィクションならではの設定だろう。いじめの扱い方や掘り下げ方が物足りないという声が、多く上がった。ストーリー展開が軽い印象であり、物足りなさが残った。

『眠りの森のバンパイア』 横邊愛恵

野々村沙耶は、不倫相手の城山隆志からプロポーズされるが、相手が翌日急死。その後、妻の百合子が訪ねてきて、翌日には息子の竜司に連れられ豪華なホテルに。そこは、医師の百合子が治療する《眠ることをやめてしまった人間達》の研究所だと明かされ、監禁される。ここで経験したことは《眠ることをやめてしまった人間達》が時間を消費するための《バーチャル・リアリティ・プログラム》だったと聞かされ、その装置を外してもらう。しかし奇妙な現象はエスカレートし、彼女はますます混乱の度合いを深めていく。そして、すべては竜司の超能力の仕業だったことを知り、沙耶に哀しい過去の記憶が甦ってきた……。

SF色の濃いミステリーである。あれこれとにぎやかな展開に事欠かないが、どれもがいささかご都合主義になっている。ロマンチックで意外性のある「真相」も強引な印象を受けた。リーダビリティは一定の水準に達していて面白いという声もあったが、設定がユニークである分、話について行けない、この作品の世界観がわからないという声が多数を占めた。

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