INDEX

第1回 ボールペン市場、激震

第2回 傍流が生んだ画期的発明

第3回 奇跡の1週間

第4回 筆記具までの遠い道のり

第5回 千賀物語

第6回 メモリータイプの開発

第7回 筆記具への挑戦

第8回 3つの幸運

第9回  “消せるボールペン”、商品化へ

第10回  ヨーロッパ先行販売で大ヒット

第11回 消せるボールペンの系譜

第12回 伊東屋でのデモ販売

第13回 発売から8年、シリーズ累計10億本を売り上げる大ヒット商品に
著者プロフィール

ノンフィクション作家。ジャーナリスト。
著書に『IT起業家10人の10年』『開高健名言辞典〜漂えど沈ます』『ビッグコミック創刊物語』『長靴を履いた開高健』『電網創世記』『孫正義インターネット財閥経営』『シリコンバレーの日本人起業家たち』などがある。
日本ペンクラブ言論表現委員会委員。開高健記念会会員。


滝田誠一郎

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第8回 3つの幸運

「透明にはならないのか?」
 2002年から03年にかけて発売されたメタモカラーを使った初の筆記具──専用ラバーでこすると色が変わる不思議なボールペン『イリュージョン』は限定品だったこともあり、さほど大きな話題になることもなく市場から姿を消した。予定の数量はかろうじて売り切ったが、成功にはほど遠い結果だった。しかし、『イリュージョン』の発売をきっかけに、これ以降すべての物事がひとつの方向に向かって動きはじめる。いくつもの歯車が回りはじめ、時計の針が動きだす。

 いちばん最初に、最も大きな歯車をカチャッと動かしたもの、それは2002年にパイロットコーポレーション・オブ・ヨーロッパSAの社長兼CEOに就任したマルセル・ランジャール(1953年生まれ)が発した一言だった。メタモカラーの基本原理を発見し、“メタモカラーの神様”ともいわれる中筋憲一は、マルセル・ランジャールの発した一言こそが「『フリクションボール』の始まりであり、『フリクションボール』商品化のセレンディピティ(思いもよらずに起きた幸運なできごと)だった」と言い切る。

「『イリュージョン』はヨーロッパへも輸出していたのですが、それを見たミスター・ランジャールが『ミスター中筋、イリュージョンはカラー・トゥー・カラー(ある色から別の色に)だが、カラー・トゥー・カラーレス(ある色から透明に)にはならないのか?』と言ったんですね。その一言が『フリクションボール』の始まりだった」(中筋)

 ランジャールの問いかけに対して、中筋が「『イリュージョン』はわざわざ顔料を入れてカラー・トゥー・カラーにしているのだから、顔料を入れなければ簡単にカラー・トゥー・カラーレスにできる」と答えると、それを聞いたランジャールの頭の中である直感がひらめいた。

「インクの透明化が可能ならば、これまでにない新たな付加価値を備えた製品、すなわち“消せるボールペン”が作れるはずだと直感した。消せるボールペンを製品化することができれば絶対に売れると確信した」(ランジャール)


ヨーロッパの特殊事情
 ランジャールのこの直感と確信は、日本人ではまずあり得ないものだと言ってもいい。フランス人のランジャールだからこそ、フランスをはじめとするヨーロッパ各国の文具事情に精通しているランジャールだからこその直感であり確信だった。

 日本ではあまり知られていないが、フランスやドイツをはじめヨーロッパの国々ではいまでも学校教育の場で万年筆やボールペンが使われている。小学生も万年筆やボールペンでノートをとるのだ。鉛筆と消しゴムの出番は主に絵を描くときだけである。万年筆やボールペンは書き損じても消しゴムで消すわけにいかないので、書き損じた際には化学反応でインクを消す特殊なペン『インク・キラー』を使う(日本でも同様の商品が売られている)。インク・キラーを使うと、修正箇所に同じ万年筆やボールペンで上書きしても化学反応でまた消えてしまうので、書き直す際にはインク・キラーで消えない別のペンを使わなければいけない。このため、筆記用に主に使うペンと、インク・キラー、さらにインク・キラーで消えない書き直し用ペンの3種類が児童・生徒・学生の必携品になっている(インク・キラーと書き直し用ペンが両端についている一体型修正ペンもある)。

 いずれにしても書き直し用ペンで書き直す際に書き損じると、再度書き直すことができないため、何かと不便だ。そういう実情を知っているランジャールだからこそ、“書く、消す、書き直す”の3つが1本で済む筆記具があれば確実に売れると確信したわけである。

 ちなみに、マルセル・ランジャールが発した一言は中筋にとって第3のセレンディピティということになる。第1のセレンディピティは、緑の葉っぱが赤や黄に変わる紅葉を見て色が変わるインクの開発を思いついたこと。第2のセレンディピティは何度となく実験を繰り返すなかで半ば偶然のようにメタモカラーの基本原理を発見することができたこと。この3つのセレンディピティに恵まれた中筋の開発者人生は、それ自体がセレンディピティだと言えるかもしれない。

色が変化しない温度幅が広がった
 消せるボールペンという新たなコンセプトが中筋やランジャールの頭の中でチカチカと明滅しはじめたちょうどころ、研究開発においても歯車がまたひとつカチャッと回り、メタモカラーはさらなる進化を遂げる。『イリュージョン』販売当時(2002年)に0〜40度前後だった「色が変化しない温度の幅を、第2開発部の研究開発陣による継続したチャレンジにより、2002年から2003年にかけてマイナス20度〜65度にまで広げることに成功するのである。これだけの温度幅があれば通常の使用環境、保存環境であれば、意図せずに筆跡が消えたり、消した筆跡が現れたりすることはまず考えられない。このことはすなわちメタモカラーが筆記具用インクとして立派に応用できる完成度に達したことを意味する。それは同時に消せる筆記具の商品化が可能になったことも意味する。

「変色しない温度の幅を広げるのが非常に難しかった。80度前後の幅なんて狙ってズバッとできるものではないですから。変色温度調整剤の材料となり得る物質をフラスコのなかで反応させて新しい化合物を作り出しては実験をし、評価をし、それを何度となく繰り返すなかで、やっと狙いどおりのバランスのいい材料が2002年から2003年にかけて見つかった。それが現在の『フリクションボール』に使っている材料です」(千賀)

 中筋憲一がパイロットインキの社長に就任するのも2002年のことだ。メタモカラーの基本原理を発見し、メタモカラーの研究開発、商品化を長らくリードしてきた中筋が社長に就任したこともまた、消せるボールペンの商品化に向けた動きを加速させる原動力になったことは言うまでもない。

新商品プレゼンテーション会議
  その中筋の発案で、2003年春、パイロットインキ社内で新商品プレゼンテーション会議が開かれる。第1開発部、第2開発部の各チームが日頃の研究開発の成果を踏まえ、商品化を見据えた試作品を持ち寄って各々プレゼンテーションを行い、社内各部署から集まった参加者たちが思い思いの意見をぶつけ合う会議である。いかにも開発畑一筋の中筋らしい発案だ。この会議に、第2開発部からは開発に成功したばかりの変色温度調整剤(マイナス20度〜65度)を組み込んだメタモカラーを使った消せるボールペンの試作品が持ち込まれる。

「変色温度幅をここまで広げることができたときに、これで消せるボールペンの商品化も可能だということはわかった。とはいえ、その時点ではあくまでも理論的に可能だというだけであって、まだインクの色のバリエーションもなかったし、いろいろな不具合もあって、商品化できるレベルではなかったのはもちろんのこと、試作品を作るレベルでもなかった。ただ、中筋社長は現物主義で、議論するときは資料を揃えるだけでなく『とにかく現物を準備しろ!』と常々言っているので、それらしい試作品を作って会議に臨んだ。消去用ラバーは『イリュージョン』のものを流用しました」(千賀)

 中筋がメタモカラーの基本原理を発見してから約30年、やっと消せるボールペンの試作品がお披露目されたのだから、さぞかし会議の場は万雷の拍手と歓声に包まれたのではないかと想像されるが、実際はそうでもなかったと千賀は苦笑する。

「中筋はメタモカラーの研究開発の進捗具合については逐一承知していますので、試作品を静かに見ている感じでしたね。他の参加者たちは、メタモカラーの色が透明に変化することはみんな知っていましたので、“消せるボールペンというのはおもしろい発想だ”というような声は聞かれましたが、拍手がわき起こるとか、“これは売れるぞ!”という声が飛ぶとか、そういう反応はありませんでした」(千賀)

 メタモカラーの研究開発を続けてきた第2開発部の人間でさえ、「消せるボールペンは売れるぞ!」などという自信はまったくなかった。先にも書いたとおり、この時点ではまだ商品化のメドが立っていたわけでもなく、消せるボールペンの試作品は、言ってみれば自動車業界におけるコンセプトカーのようなもので、将来的にはこういう機能を持ったボールペンの商品化も考えられるという可能性を示したに過ぎないのだから、それが実現したときに売れるかどうかなどということまではまだ想像すらつかなかったというのが正直なところだろう。

「自分たちが研究開発し、商品化したものが売れるかどうかはもちろん気になります。売れたらいいなと思います。というか、売れるかどうかわからないのにひたすら研究開発を続け、商品化に取り組むなんて、そんなつまらないことはないですから。売れると思えばやる気も違う。ただ、消せるボールペンに関して言えば、消しカスは出ないしきれいに消える機能はおもしろいし、十分に便利なものだとは思っても、そんなに売れるかどうかは自信がなかったというのが正直なところです」(千賀)

 しかし、本社――パイロットコーポレーションの反応はまったく違うものだった。市場性は十分にあると判断、フランスやドイツなどヨーロッパの国々では“消す文化”があるという事実にも後押しされて商品化を決定するのである。
 2004年5月、パイロットコーポレーションはパイロットインキに対して正式に消せるボールペンの商品化を要請するのだった。