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人生最大の決戦FIFAワールドカップ・アジア最終予選2009年6月6日 VSウズベキスタンタシケント・パフコタル・スタジアム
ーー闘莉王選手、FIFAワールドカップ・アジア最終予選突破おめでとうございます。サッカー人生で初めて戦った今回の南アフリカ大会最終予選を振り返って下さい。
「レッズで初めてリーグ優勝した試合やアジアチャンピオンズリーグ(ACL)で優勝した試合など、色々と忘れられない試合はありますが、ウズベキスタン戦(6月6日、アウエー戦、1ー0日本勝利)が自分自身のサッカー人生で一番大きな決戦だったと思っています。自分の中にある勝負勘というか本能的な部分で、これはサッカーにならないんじゃないか、という予感が試合前からありましたから」

ーー対戦前から危険な予感があったというウズベク戦ですが、勝つための試合前のアプローチで何か特別な取り組みはありましたか?
「ウズベク戦前は、自分自身いつもと全然違うテンションでした。いつもとは違う高ぶりがありました。言葉にするのは難しいのですが、何か異様なプレッシャーを自分自身も感じていたと思います。マスコミやサポーターの大きな期待というものもありましたが、それ以上に、ここでしっかりと勝って、本大会出場を決められなければ最終予選の最後の試合まで大きく引きずる危険性もあったんじゃないかなと感じていました。実際その次のカタール戦では違和感の残るような、変な試合展開(1ー1ドロー)になってしまったし……」

ーーあの時期、闘莉王選手は、マスコミを避け、沈黙を守っていました。
「1度自信を失うようなことがあれば、どんな展開も起こりうると思っていましたから、自分自身で全ての状況を整理しておきたかったのです。だから、ホテルでも自分の部屋からほとんど出なかったし、あえて周囲との壁も作っていました。僕はメディアの人とはよく話をする方ですが、あのときだけはほとんど口を開きませんでした。とにかく思いや感情を口に出さないようにしていましたね」

ーーウズベク戦が人生最大の決戦と定義づける一番の理由は何だったのでしょう?
「これがアウエーでの試合なんだと思い知らされたことです。アウエーでの試合は何度も経験してきましたが、あれだけアウエーを意識させられる試合はありませんでした。最初の1プレー……相手とのぶつかり合いで日本側がファウルを取られましたが、実際は明らかに逆です。あの判定を聞いた瞬間、“あぁ、これは、簡単にはいかないな”と感じましたね。ペナルティエリア内で一度でも接触プレーがあれば、絶対にPKを取られていたと思います。だから、エリア内では相手になるべく触らないようにしようと。エリア内でのチャレンジはやめよう、と最終ラインで話し合ったほどです」

ーー攻撃参加もほとんどしませんでした。
それも初めてのことです。自分の中の本能はゴールに足を向かわせるんですが、それをあえて思いとどまらせて。実際、前に出ていたら危なかったと思います。それほど、終盤はピンチの連続でした。ただ、ハセ(ヴォルフスブルクMF長谷部誠)が可哀想な判定で退場になりましたが、あれで逆に守りきるしかないと覚悟を決めることが出来ました」
ーースタンドの雰囲気も異様でした。
「すごかったですね。だからこそ、ホイッスルの瞬間は感情を爆発させてしまいました。あの試合を何とか失点ゼロで乗り切れたことはDF冥利に尽きます。ワールドカップにたどり着くには想像を絶する、肌がピリピリと痛むようなプレッシャーにさらされることも分かりました。アテネ五輪 ACL、FIFAクラブワールドカップ……と、さまざまな経験をさせてもらってきましたが、それとは全然違う感覚でした。僕のサッカー人生においてあの試合は忘れることの出来ない試合です」
更新日2009年8月18日